雨降りの下校

急に降りだした雨音を聞きながら、子供たちが帰宅するまでにあがればいいと、空を見上げながら、ふっと四者四様?の雨降りの帰宅に思いをめぐらす。
朝、登校する時は晴れていても、下校するころに降りだしたりすることも年に数回はある。雨降りの下校もさまざまである。

   

二十二歳になる長男の学生時代、すべてきちょうめんで用意周到な彼は、降ろうが降るまいが、いつもカバンの中に傘を入れていた。
友人のお母さんが、「林君と一緒の時は、雨が降っても決してぬれて帰ることなく、助かります」と、あいさつして下さった。

一歳年下の二男は、長男と反対。ぬれての帰宅。
決して他人様から借りて帰ることはなかった。どしゃぶりの時は、全身びしょぬれ。独立心旺盛で、どんな苦難も決して弱音をはかない彼。

高校生の三男、学校が目と鼻の先、たとえ朝降っていても、誘ってくれる友人の傘に、するりと入り、帰りはだれかに声をかけて帰宅。
温和で明るい性格は、だれにでも声をかけられるのだろう。
この分では、三年間傘を使うことがあるだろうかと疑問に思う。

末っ子の四男、チャッカリしてる彼は、決してぬれて帰ることはない。
傘を持ってる友人の家まで行き、傘を借りて帰ってくる。
同じ兄弟でも、本当にさまざまである。

   

人生の道のりもまたさまざまでしょう。
だけど高速道路を猛スピードを上げて走っては何も見えない。
ゆっくり、路地をみつけたり、ぬかるみの道に出会ったり、野に咲く花にも手をのばし頬笑みを忘れることのないように、生きていってほしい!

   

昭和六十年六月十八日 夕刊うわじま「ゆうかん手鏡」掲載

   

   

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