ともだち
ご近所で仲良くしているMさんは、私にとってとても大切な友達である。清楚という言葉がぴったりの、さわやかな女性だ。
四十歳半ばなのに、とても若々しく娘さんのように生き生きしている。
息子さんが、十六歳のとき交通事故で下半身不随の車いすの生活に入り、もう五年になる。その間の苦労は計り知れないもので、近くにいると、彼女の大変さを実感として受け止めることができる。
でも決してその苦労を悲痛なものとせず、常に前向きに努力し、一生懸命、息子さんの世話をしている彼女に、本当に頭の下がる思いでいっぱいだ。
現実をしっかり受け止め、自分に課せられた宿命だと心にきざみ、それをバネに弱気になる自分を叱咤し優しく接している彼女の姿に、とても大きなものを感じさせられる。
この五年間で彼女はずいぶん成長し、同時に私が教えられたことも多い。
私自身、ともすれば当たり前だと受け止めている数々のことが、どんなに大切でありがたいことか、しみじみ思いかえされる。
「常懐悲感、心遂醍悟」と法華経の中にあるが、彼女はその「悲感」を自分の心に醒まし悟りに至らしめた素晴らしい品性を持っていると思えてなりません。
常におしゃれ心を失わず、お料理も抜群、女性の良さをいっぱい持ち合わせている彼女。
友人の一人として心をこめて彼女へ拍手を送りたい。
でも、時々ふっと、身も心も安まる時間をプレゼントしてあげたくなる。
そんな時、野仏の山へ彼女をさそってみる。大自然の贈り物が今の彼女には最高にふさわしいものだと思えるから―。
平成二年十月十二日 愛媛新聞「てかがみ」掲載
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