ミカンの想い出

八百屋さんに、ミカンがたくさん出始めました。まだ少し青味のあるミカンをみると、甘ずっぱい、ミカンの味と共に、いまは亡き父のことが、なつかしい思い出と共に、私の胸に甘ずっぱくよみがえってきます。

    

私が、三つか四つのころ、戦争中だったと思います。たぶん、病気あがりだったのでしょう。夜になって、ミカンが欲しいとむずかる私のために、父は買いに行ってくれました。
まっ暗な晩だったとか、月のない夜だったのでしょう。たぶん、ここの横丁を曲がればと、足をふみ入れたとたん、何かにつまづき、父はそばの井戸の中へドブンと落ちてしまいました。
幸いそこの家の人が起きていて、今の音は何だろう、と飛び出て来て、助けてくださったとのこと。全身ずぶぬれになって帰って来た父をみて、幼い私は、驚きと父に対するすまなさで、いつまでもいつまでも泣き続けました。
ミカンをみるごとに、遠い幼きころの私と、私を育ててくれた父との思い出が、こみあがってまいります。

    

父は私にとって、育ての親ですが、私が高校卒業してまもなくガンで亡くなりました。わが子のように、それはそれはかわいがってくれました。

正直で、実直な、だれからも好かれる父でした。その人の好さも原因だったのでしょう、亡くなる少し前に、商売に失敗し、本当に寂しかったのでしょう。

ひどいセキで、どんなにお医者に行ったら、とすすめても、がんとして聞き入れませんでした。きっと父は、自分の病気の恐ろしさを知っていたのかもしれません。

    

空が澄み、秋風が立ち、ミカンが色づくころになると、むしょうに父のことが思い出されてなりません。
人の子の親になって、父の底知れぬ愛の深さを、ひしひし感じます。大きな暖かさで、包んでくれました。今もなお、私の胸の中に父はいつまでも、終生、生き続けております。

    

昭和四十七年十月十四日 愛媛新聞「てかがみ」掲載

   

   

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