相撲と二男

夜半ふとめざめた私の耳に「君の行く道は、はてしなく遠い、だけどなぜ、君は行くのかそんなにしてまで―」哀愁をおびた歌声が私の胸をしめつけ、涙がとめどなく流れてやみません。

    

夜半、孤独な自分の時間、ふだん歌など歌ったことのない中二の二男の声は、声変わりした男の子の歌でなく、一人の男として自分の進む道を真剣に考えてる今、苦しい道程を望んでる彼の胸の内を、ふとのぞいたようで、その歌声はひしひしと私の胸にせまりました。

    

彼が相撲に特別の関心を示したのは小六のころでした。
毎月与える小遣いの中で相撲に関する本を買い求めていました。勉強に関する本は全然目を通さず、相撲の本ばかり。でもそれは、少年のあこがれだと思っていました。

「中学をでたら僕を相撲の弟子入りさせて欲しい」と、真剣に、涙を浮かべた中二の二男の気持ちを聞かされた時、私たち夫婦は驚きました。
と同時に、やっぱりと思う気持ちも一緒でした。

    

中学に入学すると、彼は部員三、四人という相撲部にためらうことなく入部しました。
「相撲なんてやめてサッカーにしたら?野球部はどう?」と言う私の言葉に彼は、「僕は華やかなスポーツはきらいだ」と一言ぽつんと言いました。
チームでプレーする楽しみより、一人自分との孤独な戦いの相撲に、無口な彼がひかれた気持ちもわかるようです。
四人の息子の中でも彼はとりわけ無口でした。それだけに夜中、一人で歌う彼の歌声に涙せずにはいられませんでした。

    

「十五歳であなたを社会に出すことは、父さんも母さんも反対よ。相撲の世界は想像以上に苦しい連続よ。たとえ入っても名前が出るまでに何年間もの苦しい修業があるのよ。だけどそれはほんの一部分の人だけ。ほとんどの人は名もなしえずに去って行くの。それでもしんぼうできる?その時になって、父さんも母さんもあなたに手をさしのべることはしないのよ。自立の道を自分で求めなければいけないの。できる?進学して三年間身体も心も大きく成長なさい。それでも相撲をとるのなら、もう母さんなんにも言わない。」
私をみつめる彼の目から涙があふれ、こっくりうなずきました。

    

これから四年の年月を待ってみようと思います。
彼は今、八月に徳島である中学総体の四国大会出場のため頑張っています。

    

昭和五十三年 愛媛新聞発行誌掲載

   

   

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