優しい『ひとみ』

近ごろの女性はすてきです。特にお母さんたちは―。身だしなみもいいし、お化粧だってすてきです。
カラフルな服装、上品な着こなし、とってもすばらしいお母さんがいっぱいです。
だけど一つだけ寂しく感じることがあります。『ひとみ』です。優しいまなざしです。

    

出逢い法師

私たちの子供のころをふり返る時、なにもかも今にくらべ貧しいものでした。
どの家も、どの家も子供はたくさんいたし、貧しい家庭が多かったと思います。
お母さんたちだって、それこそぬかみそくさいおかみさんたちでいっぱい、なりふりかまわず、家庭をきりもりしていたお母さんが多かったと思います。
でも今ふり返っても、友達のお母さん、近所だったおばさん、どの人々の顔もとっても温かく思い浮かべることができます。
なぜ?どの人たちもとっても優しい目をしていたからだと思います。

    

わが子も他の子も、同じようにあつかってくれました。あたたかいひとみで、みてくれたと思います。
けんかをしても、決してわが子だけがいい子だと思わず、相手の子供の言い分も聞く耳を、しっかり持っていたと思うんです。
貧しかったけど、ほとんどといっていいくらい、子供たちはすさんだり、いじけたりしなかったはずです。まわりから優しいひとみで見守ってくれてたからだと思います。

    

だんだん物が豊かになり、くらしが楽になり、子供の数だって少なくなりました。
でも!でも!まわりからだんだん優しさが失われるのはどうしたことでしょう。
あたたかい心が失われるのはどうしたことでしょう。
本当に寂しくてやりきれない気持ちです。

作家の三好京三氏の「人間は、他人のために生きているのです」という言葉を、声を大にしてさけびたい気持ちです。

    

昭和五十三年六月二十日 愛媛新聞「てかがみ」掲載

   

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