がんばれ喜代一さん

「そろそろ、喜代一さんが来るころじゃあない?」と、息子たちが口をそろえて言う。
毎月一回、定期便のように松山からわが家に遊びに来て、四、五日滞在して帰って行く喜代一さんは、明治三十年生まれ、八十五歳になる私の実父である。

   

毎年、自分の歳の数だけゲタを作り、知人や未知の人に差し上げ、愛用されることを無上の喜びとし、きょうもせっせとゲタ作りに励んでいる。

歴史教室、老人大学と意欲的に勉強し、己を高めていく姿に私も歳をとったら、そうなりたいと常々思っている。

   

四国二十九番松屋寺のご住職さんが、「三度の食べ物にも文句を言わず美味とほめ、人と気まずいことがあっても、わが身の至らぬせいと思いなし、グチなく怒らずむさぼらず」と、説教されておられましたが、まさにその通りの生き方である。

夫も私も子供たちも、みんなみんなおじいちゃんが大好きです。
とても元気者なのでその昔、「じいちゃんは百歳まで大丈夫よ」と、めいが言ったら「百歳までしか生きられないのか、もっともっと生きたいのに」と言ったエピソードの持ち主である。

   

もっともっと勉強し、いつまでも元気でいて欲しい。
フレー、フレー、喜代一さん!

   

昭和五十七年九月十五日 愛媛新聞「てかがみ」掲載

   

   

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