お正月の雑談
もう幾つ寝るとお正月―。
本当に、幾つになってもお正月が来るのは楽しみなものです。
特に子供のころは、待ち遠しかったものです。今のように、交通事故の心配もなく、のんびり道路ばたで、羽根をついたり、手まりをしたり、家中ですごろくや、カルタをして遊んだり、何より一番の楽しみはお年玉でした。
少女のころ、友だちと町へ出て、すてきなシールやシオリ、かわいい便せん、少女の夢を一杯みたしてくれるそれらすてきな買い物をすることが、とても楽しみでした。
高校時代、郵便屋さんが待ち遠しかったものです。
元日の朝、ドサリとなげこまれる年賀状の束、その中から自分あての年賀状をさがし出し、そしてその一枚の年賀状を手にした時の、淡いあこがれと、ひそかな胸のときめき。そのたった一枚の年賀状が何より貴重な物に思えるのです。
青春時代のみに許された虹のように美しい思い出もお正月の年賀状とともに忘れられないなつかしいものです。
そして娘時代、ひっそり寂しく迎えた病室でのお正月。
白い天井をみつめながら、私のダンナ様になる人はどんな人だろう、お正月の朝、ふっとそんなことを考えたことを思い出します。
バス会社へ勤めて正月休み返上して切符を売ったりお客さんの整理をしたこともありました。
やがて今のダンナ様と結婚して初めてむかえたお正月、やがて一児を囲むお正月から、二児を交えてのお正月、一年間の幼子のめざましい成長に、正月を迎えるたびに驚いています。そしてことしは三児を囲む正月になりました。
長い人生、きっと苦しい年や、悲しい年、つらい年、さまざまのことがあるでしょう。
でも来年こそはきっと、きっと、という希望をなくしてはいけないと思います。新しい年、小は家庭の中から、大は社会や国へと、前進することをみつめたいと思います。
昭和四十五年一月 愛媛新聞「てかがみ」掲載
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