さっちゃん

共稼ぎをやめてもう三年になります。三人の子どもに明けくれる日々の中で、折にふれ思い出す人がいます。その人がさっちゃんです。

   

今の信用金庫本店の前に、自動車会社がありました。
もう十年も昔になるかしら、その当時、会社の事務所で働いていたころ、事務所の中に数多くの車掌さんが、出入りしていました。その中で今でも忘れられない人がさっちゃんです。

さっちゃんはわたしより三つ四つ下だったと思います。
小柄な身体に、小麦色の肌、何より目が好きでした。いつも微笑みを忘れない、さっちゃんのまわりは暖かい風が吹いていました。

   

両親のいないさっちゃんは、わたしなど想像もできない苦労や悲しみがいっぱいあっただろうに、そんな暗い影など、みじんも出さすいつも明るい、ほほえみを忘れない人でした。
わたしたち事務所の職員皆で「さっちゃん、さっちゃん」と親しみました。
バスの中での、お客様への心くばりや、ほほえみ、その行動、ことばの一つ一つに、年若い彼女から学ぶことは大でした。

現場事務所で仕事をしていた関係で、何十人何百人とさまざまな人に接してきました。
でも十年たった今でも、すがすがしい春風の香りのように、心にとどめる忘れられない、懐かしい人です。

やがてさっちゃんは大阪へお嫁に行きました。
幸せで、優しいお母さんになっているとのうわさを聞くとうれしくって、うれしくって、自分のことのように楽しくなります。心のやさしい彼女は、きっと良い奥様になっていることでしょう。

   

昭和四十五年 明倫小学校「明星」掲載

   

   

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