好きなひと

とても理知的な人でした。徳島のある小さな駅で初めてあった時、理知的で冷たいまでに美しい彼女に、羨望とあこがれのまなざしをあびせた私でした。知り合って七年目、初めてお会いしたのです。

そうです。私たちはペンフレンドだったのです。中学一年の時、少女雑誌に載った私の投書が縁で知り合いました。それから高校、そして卒業して一年目、コツコツ働いてためたお金で、会いに行きました。

   

彼女のお父様は、徳島市内で税理事務所を開いていました。家は市から少し離れた西馬詰という所だったと思います。
あたたかいご家族のおもてなしに感激したり、何より彼女の案内で、眉山や、鳴門公園に行った時、鳴門のうず潮の雄大な流れに驚き、徳島の町々を肩を並べて歩いていたなつかしい思い出は、一生忘れられないと思います。

でもそれから二年ほどして、だんだん手紙がとだえ、ばったりなくなりました。
いくら出しても何の連絡もないのです。
それから十年近く、彼女の情報を知らないまま、結婚して三人の子供に、追われる日々の中で、彼女はどうしているかしら―。
それにしても、何ともご家族から連絡がないのも不思議だと、気にかかります。

   

自分が、あたたかく幸せな家庭の中にいればいるほど、彼女のことが心にかかります。学生時代、彼女との手紙の交換はとても楽しいものでした。
何でも相談できました。悩みも、夢も一緒でした。あの人のこと好きなんです―そんなことも彼女にだけは語れました。会いたいと思います。無性に。

   

昭和四十五年十一月十日 愛媛新聞「てかがみ」掲載

   

   

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