話すこと
話すこと、なんだか苦手です。
ペンを走らすことは、比較的楽しみながら文をつづることができるのに、人と人の集まりでの話し合いや懇談会があると急におくびょうになります。
その人と話しているだけで、ほのぼのとしたさわやかさを感じる人に、時々出会うことがあります。うらやましくなります。
去っていった自分をふりかえる時、相手の何げない一言に、自分が傷つき悩んだこともありますし、また相手の何げない一言に、たまらなく楽しい気分になることも、しばしばです。
私自身、知らないうちに、相手を傷つけたこともあったかもしれない。そう思ったりすると、ますます話すことが苦手になります。
優しく話しかけてくれたりする人に出会うと、こちらまで、豊かな心になります。
話しじょうずに聞きじょうずとか、いくら楽しく話しても、相手の話もじょうずに聞いてあげることもまた大切。近ごろとくに感じたりします。
子供がだんだん大きくなり、学校や、いろいろな集まりが多くなるごとに、話すことの大切さと、聞くことの大切さも、必要になってきます。
ひかえめで、女らしさもいいかもしれない。でもやはり必要な時には、はっきりと自分の主張、意見を発表できるようにならなければと、切々と感じています。
昭和四十六年四月二十九日 愛媛新聞「てかがみ」掲載
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