結婚・子育て

職場に復帰した後に、母と父が結ばれるようになるわけですが、父は母に大層惚れ込んでいたようです。
左足のけがと養母がいる母は、はじめは結婚することに躊躇していたようですが、父の強い想いがあり、もちろん母の父への想いと、そしてやはり縁というべきなのでしょう、めでたく結婚することとなりました。

    

結婚後子供に恵まれ、四人の息子を授かったのですが、父と養母、そして食べ盛りの四人の息子を育てるのに、さぞかし大変なことだったと思います。
お米が足りなかったためか、ご飯を食べないときもあって、家族の食事が済んだ後にパンやうどんを買って食べていたということを、私も大人になって知りました。
家事に追われていた母が、よく一日三十時間あればいいのにと言っていたのを覚えています。

    

母が、四十歳過ぎのとき、胃ガンになりました。
もしかしたら助からないかもしれないとのことでした。が、胃と脾臓を摘出して、持ちこたえることが出来ました。
そのとき同じ病室に、おそらく同じような病状の人が何人か一緒にいまして、入院中か退院後かは知りませんが、母以外の人は皆亡くなったそうです。
後に母が言っていましたが、あのときはとにかく子供を育てなくてはいけない、このままでは死ねないとの強い気持ちがあつたそうです。
その後、その気持ち通りに私たち息子を一人前の大人に育ててくれました。

    

その後も様々なことがありました。
養母が亡くなるまで、養母の世話と看護をしていました。
また、子供の就職で心配したり安心したり、子供の結婚で喜び、四人の息子とも良い嫁が来てくれたと喜んだり、父の体を心配したり、人とのふれあいを楽しんだり、喜んだり、ときには悩んだり、民生委員をしたり、子供が授からない息子夫婦のことを気遣い、その後子供が授かったことに喜んだりと色々なことが母の人生にありました。

    

父が、母が亡くなる四年前に退職してからは、一日中夫婦二人で生活をしていたのですが、息子の私が言うのもなんですが、とても仲の良い夫婦で、いつも笑いながら暮らしていました。
ずっと一緒にいるのに、どうしてこんなに話が尽きないんだろうと思うほど楽しい会話を交わしていたようです。
まるで新婚のように。

    

あるとき、肝炎を患った父と一緒に母も肝臓の検査を受けたのですが、父と同じような数値を示していて、肝臓が悪いのが分かりました。
亡くなる一年程前にも吐血をしたのですが、その後除々に良くなり、何ヶ月か後にはすっかり良くなっていました。
その後も定期的に病院には行っていました。

    

それが突然の吐血をして入院し、このようなことになってしまいました。
入院後、一時は良くなって、父はもちろん私たちも最後のふれあいをすることが出来たのですが、思えばそれは母が最後にそういう機会を作ってくれたのかなと思っています。


フィード